スタッフ紹介

コンシェルジュ 佐藤智子

いつのまにか、「大御所」と言われるようになりました。

昭和35年生まれです。現在、コンシェルジュと衣裳部門の主任として忙しい毎日を送っています。お写真を写りに来られるお客様は、老若男女、たまには小動物(犬あり、フェレットあり)です。お客様皆様が、楽しい時間を過ごしていただくために日々、頑張っています。

昭和の古きよき時代、八代で生まれました。

私が生まれたのは、熊本県の八代市鏡町です。田んぼしかない田舎です。小さい頃は、春にはれんげが咲いた田んぼを、秋には稲刈りの終わった田んぼの中を走り回っていました。まだ、学習塾もない頃でしたので、学校から帰ると友達と暗くなるまで、遊んでいました。
地元で高校生活をおくり、高校卒業後、熊本市の短大に進学しました。短大時代には、初アルバイトで貯めたお金で、車の免許を取りました。田舎は自動車がないと、どこにも行けません。アルバイトのお金で免許は取得できましたが、そのころ自分専用車は若者には手が出ない高級品、私にはまだお預けだった時代です。

結婚28年、そして主人を見送って。

短大卒業後、八代市のホテルのフロント係として、就職しました。ここで初の自分専用の車を購入しました。もちろん36回ローンです。軽自動車でエアコンも付いていませんでしたが、毎日通勤と遊びに乗りまわっていました。
就職したホテルは、開業したばかりだったので、社員同士の結束が強く、社員同士でボーリング大会や早朝ソフトボールを楽しみました。自分は元来人見知りで、接客の仕事は向いているのかなと思っていました。仕事は、初めての事ばかりで、楽しく充実していました。

そのホテルで、運命の出会い(?)があり、23歳で結婚。お酒呑みの妻になりました。主人の転職のため熊本へ転居し、その半年後、堤写真館に就職しました。受付の仕事がほとんどでしたが、婚礼の撮影の助手として、カメラマンに付いて行く事もありました。勤め出して3年後位には、主人がショットバーを経営する事になり、仕事の後にお店の手伝いに行き、毎日、市電の最終に乗って帰宅する生活を送っていました。若かったからできたことだと思います。ショットバーは15年間続けましたが、主人が病気で亡くなったので閉店をきめました。

大事な人がいなくなると言う事は、普段はあまり意識しませんが、「あの様にやっていればよかった、 こう言ってれば良かった」と後悔しない様に、自分自身が納得のいく看病と行動を心がけました。それでも、主人が亡くなると「生き甲斐」は小さくなり、未来も霞んでいました。

アナログ時代からデジタル時代へ

近年写真館業界はアナログからデジタルへ大きな変化をとげました。そんな中、若いスタッフに色々教えてもらいながらパソコンを操作し、???を発しながら頑張っています。以前受付の仕事は、写真のサイズと枚数を聞くだけで、写真館の方からお客様に必要なサービスや物を御提案したりする事はほとんどありませんでしたが、時代の急速な変化に頑張ってついていこうと、悪戦苦闘しています。しかし、撮影に来られたお客様の笑顔が私の毎日の栄養剤になり、お客様の幸せをちょっぴりおすそ分けしてもらって、私も幸せになっています。

今この時の幸せを、お写真と言う形で残していただき、10年20年後にその時の幸せを思い出して、もっともっと幸せを感じて頂けたら素敵だな、と思っています。
学校を卒業後、ずっと仕事をしてきました。時間の余裕が出来てからの楽しみは、色々な所に旅行にいくことです。ななつ星や豪華客船飛鳥に乗って旅行するのを夢みています。現実になる様、貯金に励みます。これからはもっと行動範囲を広げて行こうと思っています。年齢を重ねても、フットワークは軽く。これからも、宜しくおねがいいたします。

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「愛」と「美」と「生きることの素晴らしさ」を伝え続ける堤写真館の仲間たち

あなたの記念日が、より素晴らしい心に残る一生の思い出の日となるように全力投球。
私たちをよろしくお願いします!

  • AKO TSUTSUMI [Photographer]
  • TOMOTAKA TSUTSUMI [Photographer]
  • JUNJI YAMAGUCHI [Photographer]
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